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ねぎとろ丼

ねぎとろ丼

草木の起きる寅七つ下時

 この日冥界の庭師魂魄妖夢は主人にとある用事を頼まれて顕界へ降りてきていた。
 挨拶にでも、と博麗神社へ向かったのだが霊夢と紫が酒を呑んでいるところに出くわした。
 妖夢は折角なので、と霊夢と紫に飲み会に呼ばれることとなった。
 用事は済んだので、次の日に帰って主人へ報告すればいいと思って。

 真夜中の博麗神社境内。草木も眠る丑三つ時。幽霊が活発になり始める時間。
 妖夢は慣れない枕のせいで寝付けず、縁側で重たいまぶたを擦りながら地味な庭を眺めていた。
 そこへ紫がやって来て二人並び、石畳の割れ目をなぞるように地面を見つめている。
「ねえ妖夢。ここ幻想郷に居たという、強い悪霊の話を知っている?」
「有名な悪霊? こ、恐い話は勘弁してくださいよ!」
「大丈夫よ、そんなに恐い話じゃないから」
「本当ですか~?」
「昔、とはいえそんなに古くない話。れいむが持っている陰陽玉を知っているでしょう? あれの力を盗もうとした者が居た」
「実話ですか?」
「その悪霊の名前は『魅魔』と言った」
「み、ま?」
「魅入る魔、と書いて魅魔ね。それでその魅魔は悪霊のくせに多大な魔力を持っていた」
「魔法が扱える、幽霊?」
「そう。そしてれいむは亀と陰陽玉の助けを借りて魅魔を神社の裏手へ封じ込めた」
「じ、神社に!?」
「話はもう少し続くわよ。その封じ込められた魅魔は自問した。結局陰陽玉の力を使って何をしたかったのだろうか、て。やがて結界の力が弱まった頃を見計らった魅魔は逃げ出した」
「に、逃げたの!?」
「逃げ出した魅魔は悪霊ではあるが、別段悪さをしたわけではなかった。ただひっそりと人の視線から隠れるように、山奥へ引きこもってひっそりと暮らした」
「悪さをしない悪霊ってただの幽霊、というか亡霊では?」
「そう。まあ、幽々子みたいな存在でしょうね」
「それで、その続きは?」
「ん? ああ、話はここで終わりよ。その悪霊が居たことはもう人間達が忘れてしまったから、まだ居るかどうかは……曖昧な所ね」
「そうですか……。てっきりその悪霊が今でも神社をうろついている、とかそういう落ちがあるのではと待ち構えていたのに……」
「あっ」
「えっ!? な、何か居たんですか!」
 辺りを見回す妖夢。蟲の声や自分達が座っている縁側の軋む音が聞こえたりするだけ。
 遠くから聞こえる枝が揺れる音や夜雀の歌声が聞こえるが霊の気配はしない。強いて言うならば、妖夢自身の半霊からそういう気配が漂っている。
「んもう、驚かさないでくださいよ! 私がこういう話嫌いなの、知っているじゃないですか!」
「半分死者のあなたが何を恐れるのか」
「もう寝ます! おやすみなさい!」
 妖夢頬を膨らませて紫へそっぽを向き、襖の奥へ消えていった。紫は襖へ微笑みを向けて、また地味な庭を眺めるだけ。
「何が悪霊の話よ。馬鹿馬鹿しい」
 妖夢を入れ替わる形で現れたのは悪霊の話にも出てきたれいむ、ならぬ霊夢。
「あらそう? そんな風に言っては、悪霊さんが可哀想じゃない」
「ふんっ」
 何が不満なのか、博麗霊夢は機嫌悪そうに眉を吊り上げていた。
 紫は霊夢の表情がおもしろいのか、微笑を返すだけ。
「きっともう、居ないわよ」
「そうかしら?」
「ええ、そうよ。何か話していると思えば……変なこと吹き込んで」
「……あの子は冗談が通じないからおもしろいわ」
「でも、冗談じゃないじゃない」
「あら、わかってるじゃない。それなのに……」
「知らない! 魅魔なんて悪霊、知らないわよもう!」
 紫に魔よけの札を投げつけて襖の奥へ行ってしまった霊夢。
 紫はその札を燃やしてしまい、一人ため息をつく。
「悪霊、ね。今ではもう悪さもせず、ただこの世をさ迷っているだけだと言うのに。ましてや幻想郷の人間達からも忘れ去られては……」
「あなたは一体、誰に話しかけているんだい?」
「そこに居るんでしょう? 悪霊さん」
 紫は神社全体へ話しかけるように、建物の屋根へ飛んだ。
 その屋根には一人の少女が腰掛けていた。そう、その少女こそ魅魔。
 長い棒の先に三日月のレリーフがついた武器を持ち、先の折れた三角帽子を被ったその姿こそ、魅魔の容姿。
「私のことを知っている者がいるなんてね。嬉しいわ」
「……現世から忘れ去られた幻想郷。あなたはその幻想郷からも忘れ去られようとしている。あなたは神社におわす神として成ったのに、人間達はあなたを拝まない」
「何を言っているのか、よくわからないね」
「八百万の神になろうとした程のあなたが、惚けると?」
「……なんでも知っているんだね」
「どうかしらね」
「あなたも惚けているじゃないの」
「お互い様よ」
「ふふ、そうね」
「あなただって幻想郷の一部。そう勝手に消えられては困る」
「何故?」
「さあ」
「誰が特をすると言うんだい……」
「じゃあ、酒を呑む相手が欲しいからという理由はいかが?」
「それは悪くない理由ね」
 紫の手にあるは大吟醸ラベルの酒瓶。紫から杯を受け取った魅魔は紫に注がれ、二人深夜の幻想郷に乾杯する。
「誰よりも儚い存在であるあなたに」
「誰よりも妖しい存在であるあなたに」
「乾杯よ」
「乾杯ね」
 幻想郷の結界を操っている者とかつて幻想郷を支配しようと企んだ者同士で酒を嗜む。
 妖夢はそんなことを知らない。幻想郷の生い立ちや昔起こった事など殆ど知らない。
 未熟な庭師は何も知らない。幻想郷の賢者達が企てているような事など殆ど知らない。
 魅魔という者の存在も彼女にとっては幽霊、つまり恐怖の対象であってできればいないで居て欲しいと思っているかもしれない。
 ただ幻想郷の行く末を観察したいと思う魅魔は、誰かに自分のことを覚えていて欲しいなどと思っていないかもしれない。
 紫にとっては魅魔も幻想郷にとって必要不可欠なものだと、考えているのかもしれない。
 朝がやってくると魅魔はどこかへ消えていった。紫は名残惜しそうに彼女が座っていたところを見つめて、空間の隙間へ消えていった。
 里の農夫達が伸びをしながら、農作業の準備を始める時間。主婦達が朝食を用意しだす時間。
 そして神社で眠っている少女達が目を覚ます時間。今日の幻想郷も平和に始まる。



「おはよう、霊夢」
「おはよう、妖夢。紫知らない?」
「さあ? マヨヒガに帰ったんじゃない?」
「かもしれないわね。まあいいわ、朝食の用意するから手伝って」
「いいわよ」
「ところで妖夢」
「何」
「悪霊の話って知ってる?」
「そういう話は嫌いって言ってるじゃないの!」

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